いくじのまにまに

ふと思ったことをつらつらと書きます。育児のことも書くかもしれません

退治出来なかった茶色いやつに2万円払った話

11畳のちょっと歪な五角形のリビングが特徴的なこの部屋に引っ越して1年4ヶ月になる。

 

じめじめとした6月のある平日、仕事から帰宅して、徐に明かりを付けると、部屋の真ん中を横切るゴキブリが見えた。

 

時刻は午後8時過ぎ。

展開がしんどすぎ。

新人シナリオライターが書いたのかと思った。

 

夕食の食材とカバンを速攻床に降ろして、ゴキブリを追った。あれ、予想外になんだか鈍い。これはいけるぞ。

 

 

 

いや、まぁ、正確にいえばスピードはいけるんだけど、なんせうちにはゴキブリ退治グッズが無い。備えもないけど、憂いた事もなかった。これが初憂い。

 

 

確か界面活性剤が効く、という正しいかどうか分からない情報を思い出し、台所にあったジョイを手に持って追いかけた。

 

鈍いゴキブリ目掛けてボトルを強く握った。

 

 

 

ボトボトボトッ

 

 

ボトボトッ

 

 

 

 

だよね。

まるで意味がない。

 

 

ゴキブリの痕跡を辿るようにジョイ。

後片付け嫌だなーって気持ちが一瞬ゴキブリへの嫌悪感を上回ってしまった。

 

ジョイはそのまま、鈍いゴキブリはそのままタンスの後ろに入っていった。

 

 

嫌な展開だ。

寝てる間に口に入ることの次に嫌すぎる。

プラスチックのタンスだし、隙間がありすぎる。

明日洋服の間から出てきたら発狂してしまう。

高校時代、几帳面な友達の鞄からゴキブリが出てきたシーンがふと頭を過る。

 

 

発狂してしまう、と言ったけど、もう既にやや発狂していた。

なんせ妊娠中でホルモンバランスがぐちゃぐちゃだから。

 

 

 

 

 

「いやだぁぁぁぁぁほんどにぃぃぃぃぃ」

「なんでよぉぉぉぉぉぉ」

「ばかぁぁぁぁばがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

と、涙を流しながらタンスをゴンゴン蹴っていた。リアルタンスにゴン

 

それでもうんともすんとも気配がなく、泣きながら30分弱格闘した疲れからソファに座った。

けど、すぐに床に置いたままの食材を思い出してしまい、冷蔵庫にしまった。

うちのソファは床スレスレなので、余計疲れる。誰が悪い…

 

とりあえず座って、スマホで速攻検索した。「ゴキブリ駆除 24時間」

 

 

 

 

もう頭の中は、お金を払ってでも退治して安眠させて欲しさでいっぱいだった。口の中をゴキブリの通過点にしたくない。

何なら残業の夫はまだ帰って来ないので誰かにいて欲しいのが本音だ。

 

口コミを見ながら、2番目くらいに出てきた業者に意を決して、電話を掛けると「あと1時間位かかりますけど」と言われた。

10時前後か…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします。」

 

 

 

優柔不断の私が即座に返事をした。

 

業者の方が来てくれる事が決まって、安心した私はなぜかシャワーを浴びた。この間にもゴキブリは我が物顔で部屋を闊歩してるかもしれない。でも家賃を払ってるのは夫だからな〜と、ちゃんと断った〜?と強気が少し顔を出した。

 

髪も乾かして、ご飯も食べた。

いつもよりちゃんとした生活だ。ゴキブリのお陰でハリが出る。

 

夫にラインもした。

「やだなぁ」と言われた。

 

 

私もです。

滅法優しいので、避難するかい?と聞いてくれたけど、もう業者を手配してしまった手前そうもいかない。コンバット買って帰るねとのこと。一刻も早く帰って来て欲しいと思いながら、名残ジョイを拭き取る。

 

 

 

 

 

10時過ぎに携帯が鳴った。

知らない番号、業者だ。

本当に来てくれるんだ…ありがとう…。本当ブラックだね…。

 

 

間も無くしてインターホンが鳴り、ドアを開けるとちょっと汗ばんだ30歳くらいのお兄さんが荷物を抱えて登場した。

薬指には光るものが。こんな時間に…家庭があるのに申し訳なかった。

 

 

これまでの経緯を簡単に説明しつつ、お兄さんはプシュープシューとスプレーを噴射する。

隙を見てマスクを装着した。やってもらって申し訳ないけど、先に言って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「んーーーーー?」

「いないな…」

「あれれ、どうしてだぁ…?」

「んーーーんーーーーー?」

 

 

 

 

全部私の心の声かと思ったけど、お兄さんの口から出てた。やっぱりそう思う?

10分くらい怪しそうな色々な場所を見たけど、気配がない。

 

 

汗を拭いながらお兄さんが改まった。

 

 

「これ以上やるのは、調査になるので、2万円にかかります。ただ、このまま出てこないって可能性もあります。どうしますか?」

 

 

「捕まえられなくても2万円ですか…?」

 

「そーですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいです。お願いします。」

 

 

来てもらってこんな中途半端な結果じゃ顔向けできないと、出てくることに一縷の望みを託した。

 

 

 

 

 

私の貯金から2万が無くなった。

うっすらやらなくても…と過ぎった。でもこんな時間に来てもらって、話し相手にもなってくれて…正当化しようと一生懸命に色々考えた。

 

 

 

お兄さんは調査に入った。

もうプロに任せよう。私はソファでじっとしていた。

 

 

より強力なスプレーみたいなのを噴射している。お兄さんをジッと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

あれ…

 

 

お尻が茶色くない…?

お尻っていうか、出口のあたりが茶色い…?

 

 

 

 

 

俄然ワクワクしてきた。

ゴキブリよりめっちゃ興味をそそられる。

いつからかな?今かな?今?今だったら申し訳ないな…。トイレ使うかな?ちょっと掃除してなくて申し訳ないけど。こっちからは聞きにくいな。あっ、そんなしゃがんだりしないで!何らかの拍子に!危ないよ!

 

あれ、でもちょっと乾いて…る?ってことは昼間?昼間からそのまま?気付いてないのかな、いやいやそんな訳ないよ。あの形は自覚のある漏れなはず。ってことは、お腹の具合悪いのかな。汗で冷えてないかな?あれ、汗は脂汗?いずれにしても申し訳ないな、こんな時間に…。

 

 

 

 

 

 

と、逡巡していると、声をかけられる。

 

 

 

 

「いやぁ、すみません。

 

いなさそうです。

多分逃げちゃったかなー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、はい、わかりました。

すみません、ありがとうございました。」

 

 

 

小さい頃から物分かりは良い方だった。

というか、最早どっちでも良かった。早く帰ってトイレに行くか、洗濯して欲しい。

 

 

 

 

 

「一応、おまけに多めに毒餌撒いておきますね」

と言って、部屋の隅や換気扇の近く、冷蔵庫の下あたりに黒いネットリとした餌を盛ってくれた。盛って、と言っても米粒くらいだけど。原価もわからないそれを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。

では、21,600円になります。」

 

 

 

 

 

お互い正座して向き合った。

退治出来なかったのに2万円…。しかも消費税ちゃんととるんだ…。

もう正気なので少し悔しかった。

 

でも、10時過ぎに出向いてくれて、これだけ調べても出てこないから、安心して大丈夫だと言ってくれたし、何よりお腹悪いのに来てくれたことに敬意を表して、支払いを済ませた。

ただ、2018年で1番手離れの悪いお金だった。

 

 

 

 

 

 

 

「もし、またゴキブリが出てきたら直接さっきの携帯にかけてください!

あと、段ボールは捨てた方がいいですね!」

 

 

 

 

 

と明るく言ってお兄さんは帰っていった。

やっぱりお尻は茶色かった。

 

 

 

 

 

 

 

お兄さんが帰った30分後に帰宅した夫はゴキブリホイホイを10パック買ってきてくれた。お徳用じゃん。

 

 

 

すぐに設置してもらって、それから1ヶ月経つけど、幸か不幸か、ゴキブリはまだホイホイされていない。